内容説明
「のろのろ」「おろおろ」。動作の擬音ではなく、ふるまいの抽象としての表現が、なぜぴたりとその様態を伝えるのか。ドイツ語で「音の絵」ともいうオノマトペを現象学的に分析し、現代人の存在感覚を解き明かす。
目次
言葉の感触―序にかえて
1 声のふるまい―オノマトペのさまざまな顔(ぎりぎり ぐずぐず ちぐはぐ ゆらゆら ほか)
2 音の絵―オノマトペの構造(音の絵 言葉の内臓感覚 律動と情調 感覚の越境 ほか)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
よこたん
39
“京都は「はひふへほ」の文化、大阪は「ばびぶべぼ」の文化、神戸は「パピプペポ」の文化だというのである。” 以前どなたかがおっしゃっていて、まさにと唸ったが、鷲田さんの解説でとても納得できた。オノマトペというくくりを知らないうちから「うろうろせんでも、そこの道をダーッと下って、曲がり角をキュッと行ったとこに、けばけばしい看板の店があって、ぬくぬくのお弁当売ってるで」などと私ども大阪人はとにかくオノマトペをごく当たり前に多用する。ないと困る。仮名の行ごとの個性や、濁点のあるなしで印象が変わる言葉って面白い。2017/08/26
ごじ
16
一文一文の手触りを確かめたくて、いつくしむように、なぞるように読んだ。本書のテクスチユアは読者によって分解され、心の深くへと沈み、取り込まれることを心待ちにしているようだった。永い醗酵時間を経て、酵素によって分解されたアミノ酸が、シャンパーニュグラスの中で真珠のような泡となって煌き、やがて私の細胞の襞の襞へと溶けこんでいくように、心地よい人肌に温められた言葉の数々は、無限小のわたしの中でやさしく瓦解した末に融和し、寛がせ、奮い立たせてくれるのだった。2019/09/24
ねこさん
14
姓名が人の性質にどのような影響を与えるのか考察しながら、ずっと脱線している。事象に割り当てられた音もそのひとつだった。現代におけるオノマトペは、感受したモノゴトが言語への変換されるという作業そのものに対する懐疑の発生、情意が概念に収まりきらない際の発露の分岐のように思う。その岐路で、人の心はどう作用しているのか。名付けには必ず何らかままならなさへの意思、自我、欲が働いている。姓名も然りで、人は姓名の呪いを親族にかけられている。名付けの分析が何に活用できるのかはわからないが、また少し遊んでみようと思う。2016/03/02
かやは
14
オノマトペについて語られる哲学の書。日本語の音の響きを改めて見つめ直す楽しさがあり、文章が美しいので何度も読み返したくなる。すかっとした論はわかりやすいが軽い。ぐずぐずと結論を出せず、問い続ける方が得るものも多いのではないだろうか。言葉を組み解くことによって世界が見えてくる。世界とはすなわち、言葉で捉えられる空間なのだと改めて認識する。やはり多言語を習う前に、しっかり母国語で世界を捉えておく必要があるな、と感じた。そうじゃないと世界の奥行きを知らないままになってしまう。 2015/03/01
ポカホンタス
7
オノマトペについての哲学的考察。エッセイ風に書かれているが、そこはさすがの鷲田先生、ぐいぐいと深いところにまで引き込まれる。引用される文章も素晴らしい。霜山徳爾、三木成夫、クリステヴァ、山崎正和、白州正子。どれも気まぐれな引用ではない、十分咀嚼した上での、狙いすましたような引用であるため説得力がある。それぞれの引用元まで読みたくなって読書は広がる。文章は過度なくらいに上手い。上手すぎて嫌味なほどに。そういうところに私はアンビバレントを感じる。2018/03/26